Google アナリティクスのログを見るとちょうど一年前に書いたエントリーがいまだにちょくちょく読まれているのがわかる。
意外とみんな電子書籍に興味があるんだなと。
上記エントリーでは、電子書籍に意外とコストがかかってしまい、外から思われているようには儲からないという出版業界の実情を明かした。
こういう背景もあって実際に電子書籍は思ったように普及していない。
公益社団法人全国出版協会が発表した資料によると、2015年から2017年の3年間の出版市場の推定販売金額がこちらだ。
たしかに紙と比べると電子出版の市場は増加を続けているものの、それでも出版業界の全体からみると「微増」という表現に収まるだろう。
電子書籍の制作には読者が想像しているよりもコストがかかるのは事実だ。そのため紙で刊行される書籍のうち、電子書籍としても販売されるのはごく一部になっている。
その他多くの書籍は電子書籍としては販売されない。しかしコスト以外にも、電子書籍の普及を阻む深刻な要因がある。
それが下記の3点だ。
1.著者と電子書籍の契約を結ばなければならない
2.印刷所が電子化に対応していない
3.出版社が取次や書店に対して優位に立てないから
それぞれサクっと説明しておこう。
1.著者と電子書籍の契約を結ばなければならない
電子書籍として販売するには、出版社は著者と「電子書籍としても販売しますけど、いいですよね?」といった内容の契約書を作成して、著者からサインをもらう必要がある。
最近では「電子書籍は販売しないでくれ」と断る著者は少なくなった。5~6年前まではけっこういたけど。
しかし多くの出版社ではそもそも電子書籍に関する契約をこれまで結んでこなかった。
紙の書籍の刊行に関する内容だけが記載された契約書だけを交わしてきたので、いざ電子書籍を販売しようにも、販売できないのだ。
そうすると現在世の中にある膨大な刊行済みの書籍については電子書籍としては出版できない。
過去の書籍を電子出版するには電子書籍としての契約を著者と新たに結び直す必要があるが、この作業は出版社にとっても著者にとっても面倒くさい。
契約書なんてたいてい読むのが面倒な法律用語で埋め尽くされており、そのため著者は完全に理解しないままハンコを押すことになる。
これはストレスが生じる作業だ。
執筆したことも忘れていたぐらい時間が経過してから、突然出版社から電子書籍の契約書を送り付けられても著者としては簡単にハンコを押すことはできない。
それこそ出版社の編集者が著者のもとへ訪問して、口頭でていねいに電子書籍の刊行について説明していけば、契約に応じる確率はグッと上がるだろう。
しかしただでさえ忙しい編集者に過去の膨大な書籍の著者一人ひとりを直接訪問して、契約書にサインをもらうなんて作業をする時間などない。
もしかして「電子書籍として売り出せば儲るぜぇぇ~! はっはっは!」なんて状況であれば推し進めることになるだろうけど、実際には紙で5000部が売れるような本でも、電子では100部とかその程度しか売れないので、そこまで無理して電子書籍として販売する必要がない、という結論になってしまう。
2.印刷所が電子化に対応していない
次にそもそも印刷所が電子化に対応できていない。そのため出版社は電子書籍のデータを用意することができない。
多くの出版社では著者が執筆した原稿のテキストデータを印刷所に渡す。印刷所はこれをInDesignなどの組版ソフトで文字・写真・図版をレイアウトして、印刷データを作成するのだ。
しかし読者が画面でフォントサイズを大きくしたり小さくしたり自由に変更できるようなリフロー型と呼ばれるePub形式の電子データは、紙の印刷データとは作りが異なるので、印刷所によっては対応できない。
印刷所によっては、というか、2018年現在国内の多くの印刷所において対応できていない。
私は出版社の編集長がある印刷所の営業担当者に対して「なんで電子版のデータを作成できないんだ!」と激怒している場面に遭遇したことがある。
「そんなんじゃ、これから仕事なんて依頼できないぞ!」と脅されて、小さくなっている印刷所の営業担当者の背中を見てかわいそうに感じた。会社全体で取り組んでないことを末端の営業担当者に言われてもねぇ。
これがたとえばコミックのようにPDFや画像のように固定したレイアウト(これをフィックス型なんて呼ぶ)であれば問題はほとんど生じない。印刷版の最終データをそのまま電子版のデータとして利用できるからだ。
電子書籍の市場でコミックが元気な理由としては、電子データの制作が容易だというのが大きいのだ。
3.出版社が取次や書店に対して優位に立てないから
最後に紹介するのは、大手出版社にとって本質的かつ根が深い問題だ。
それが取次の卸料率、そして書店への手数料が紙と電子では異なる点だ。
ざっくり説明すると、ここで「料率」というのは1冊の書籍を販売した場合の出版社の取り分のことだと理解してほしい。
紙の書籍であれば1冊1000円の本を販売した場合、700円が出版社の取り分となり、残りの300円が書店や取次の取り分となる。
この場合、出版社の料率は70%になるということだ。
紙の場合、実はこの料率は出版社によって異なる。歴史のある老舗出版社や大手出版社は取次との力関係で優位に立っており、料率は78%とかそれ以上になる。
一方で新規に参入してきた出版社は65%からスタートという具合に料率が異なる。
こうなると1冊1000円の本を販売した場合に大手出版社であれば780円が手元に入ってくるのに対して、新規出版社でば650円しか入ってこない。
同じような本を作っても、最初から10%以上利益率が違ってくるので、バカにならない。いやバカにならないどころか、出版ビジネスを行ううえで決定的に有利・不利の差となる。
私が以前勤務していた中堅出版社は歴史が20年ほどだったが、取次と交渉を続けて10年ごとに1%の料率を上げることができた。
20年で2%。65%から始まり、20年かけて67%の料率に達したのだ。大手出版社の料率に達するのはいつかと考えるとまったく気の遠くなる話である。
「最初から78%の大手出版社って有利すぎやろ~!」と不平不満を抱かずにはいられなかった。
しかし、しかしである。
いざ電子出版となると電子取次も電子書店も紙とはプレーヤーが違う。聞いたこともない名前の電子取次が幅を利かせており、Amazonや楽天などのIT業界の巨人たちがタフな交渉を挑んでくる。
そうなると紙の世界では、優遇された条件で取引を行っていた大手出版社や老舗出版社も他の出版社と横並びにされて、「さあ、料率65%からよーいドン!」なんてことになっている。
どの世界でもルールを作ったものが強い。それが大手出版社もわかっているので、新たなプレイヤーたちが作ったルールには乗ることができない。
だからAmazonや楽天koboにも全面的に提携していくのをためらっているという事実がある。
もちろん読者の電子書籍のニーズに応えようと、自分たちで電子取次や電子書店をつくったりして取り組んではいるが、そんなにバラバラに動いたって読者には利用しづらいし、ちっとも響かない。
こうして日本の電子書籍市場は普及が進んでいないのである。