人を怒らせると損をする?
ではなぜ、ドナルド・トランプはその過激な発言で周囲から怒りを買い、敵を作りながらも米国大統領まで昇りつめることができたのか?
下記エントリーの「人を怒らせたら協力しなくなります」という主張を鵜呑みにしない方がいいだろう。
人を怒らせても大富豪になったジョブズやビル・ゲイツ
ドナルド・トランプだけではない。
アップルのスティーブ・ジョブズやマイクロソフトのビル・ゲイツだって、周囲をこき下ろし、人の恨みを買いながらも、損をするどころか、大富豪として一般人が決して手にすることはない莫大な資産を築いた。
上記エントリーで以下のような一文が引用されていたが、これもどうなんだろうか。
特に職場では、同僚を怒らせないようにしないと、協力が得られず、職場の生産性が落ちてしまう可能性がある。部下をもった人は知っておくべきことだろう。(『競争社会の歩き方』)
「可能性がある」と断定していないのが、ポイントだが、穿った見方をすると、生産性が落ちないケースも多々あるというだ。
日本の企業組織では、同僚や部下の顔色ばかりを気にして、曖昧な言い回しと事なかれ主義で仕事を進める人も多いが、こちらの方が結果が求められるビジネスでは大きな問題だ。
解決すべき点、やるべきことをはっきりと伝えないと組織は一向に動かないし、改善もされない。
怠惰な姿勢によって、やるべき仕事に取り組んでない部下には、時には怒気をあらわして叱らなければならない。そうしないと分かってくれない。
あえて太陽政策をとらない上司
もちろん、仕事で成果をあげるために、そして同僚や部下のパフォーマンスを引き上げるのに、本来は怒る必要などない。
イソップ寓話の「北風と太陽」の太陽のように、旅人が「暖かくて気持ちがいい」とあたかも能動的にコートを脱いだかのように、上手く部下を仕向ける方法がとれるなら、とてもスマートだ。
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だが、スピードと結果が求められるビジネスシーンでは、マネージャーは北風と太陽の両方の手法と効果を理解しながらも、太陽のような回りくどい手段はとらないことがある。
そればかりか北風のように強い風を当てることで、最大とはいかなくても、一定の効果をそれほど時間をかけずに得ることを選択する。
本当に部下の成長を狙うなら、部下本人が判断できるように、ヒントを与えながら辛抱強く待つべきだろう。
しかし大企業であればマネージャーの自分自身が2~3年で異動となってしまうので、短期間の在職中に一定の成果を出すために、あえて強い口調で、部下に指示するのだ。
そして見かけの「敏腕マネージャー」というイメージとともに、出世に成功する。
嫌なヤツほど出世する
そもそも企業においては、人を怒らすどころか、自己中心的で自信過剰な「嫌なヤツ」ほど結果を出し、出世しやすい。
なぜなら人事部や上司は、その人物がどのような環境で仕事をして、どの程度の成果を上げたのか、きちんと評価する術を持たないからだ。
そのため結局は、印象に頼って評価をすることになる。
そして人の印象に最も影響を与えるのが、単純接触効果だ。
単純接触効果とは、繰り返し接することで好意度や印象が高まるという効果だ。
政治家であれば、選挙前にとにかく多くの有権者と握手を交わす。
「よろしくお願いします」と叫びながらどれだけ多くの握手を稼げるかで得票数が決まるからだ。
政策なんか説いても、ほとんどの市民は聞いてないし、聞いたとしても半分も理解できないから、そもそも意味がない。
そうなると単純接触効果を狙って、とにかく顔を覚えてもらう。握手をするときちんと記憶には残る。
そうやってまずは顔を覚えてもらう。知ってもらうだけで、ライバルの候補者に対して一歩も二歩もリードでき、票を獲得できる。
これは企業という組織でも同様で、出席する必要もないような会議にも出席し、自分の意見を強弁に主張するような目立ちたがりのナルシストの方が、善人を差し置いて出世しやすいのだ。
残念であるが、これは間違いない。
そして企業のトップまで昇りつめると、それまで狭い世界だから許されていた、自らの悪行がメディアや世間に露呈して、不祥事として辞任の結末を迎えるという一連のストーリーがしばしば繰り返される。
そうした様子をテレビやネットのニュースで見て、我々は「なぜ、あんな人格が破綻した人物が、あの地位まで上がってこれたな」と漠然とした感想を持つ。
しかし、自分の感情を爆発させてでも自分の意見を押し通し、リーダーシップを発揮するような人物の方が、短期的に成功しやすいという傾向があるのだ。
とにかく名前を売って出世したトランプ
こう考えると、なぜドナルド・トランプが米国大統領まで出世できたのかも、理解できてくる。
ドナルド・トランプは、決して「全米でトップレベルに能力のある人物」ではない。
大富豪にはなったが、数々の失敗も犯している。
過去には投資で大失敗をして、「世界一貧乏な男」という、不名誉な仇名をつけられたこともあった。総額推定九億ドルの負債を抱えたほどだ。
しかし自社の不動産やホテルに、「トランプ」の名前を使うなど、異常なまでの自己顕示欲が、結局は彼のビジネスを支えるブランドになった。
とにかく世間に名前を売ることで、その効果を最大限に利用してきたのが、ドナルド・トランプだ。
経済学やビジネス書では、きれいごとばかりが並ぶが、現実を直視しないと、損するのはいつも決まって「真面目な自分」という事態になりかねない。
とくに日本人は個人主義の米国と比べて、比較的協調的で、目立つことを控える傾向があるが、その上にさらに「人の怒りを買わなないようにしないと」なんて気を遣う必要があるのだろうか。