出版業界側の意見を言うと、人気漫画の続編っていうのは、むしろ作者の意思というよりは出版社側の要請を作者がしぶしぶ受け入れて実現するパターンが多い。
作者としてはもうネタ切れだったり、その作品を描くモチベーションを保てなくなり、連載を終了しているわけなので、そもそも続編を書く気力が残ってなかったりする。それを出版社側の編集会議で決められた続編の具体的なシナリオを数パターン持参し、「こんな展開から再開したら読者はワクワクしませんか?」なんててきとうなこと言って、何とか作者をやる気にさせて連載を再開してもらうのだ。
人気マンガは売れないマンガの分まで稼がなければならない
出版社側からすれば、売れるかも分からない新規の作品をマンガ週刊誌の連載の1つに加えるよりは、人気作品を復活させた方がよほど効率が良い。
もちろん新しい作品をデビューさせて次の世代の人気作品に育てていくのは大事な作業ではあるものの、何よりも恐れるのはマンガ雑誌の部数が落ち込んでしまうことだ。
そもそも以前と比べると週刊ジャンプや週刊マガジンのような人気マンガ雑誌でさえ、近年部数を落としてしまっている状況なのだから、読者がついてないマンガばかりで誌面を埋めることはできない。
基本的にマンガ雑誌の構造は、人気マンガが売れないマンガの分まで稼いでいる仕組みになっている。鳴かず飛ばずで単行本2〜3冊で打ち切ってしまうような赤字マンガも無数にあるが、それでも出版社が経営を続けていけるのは、ピラミッドの頂点に位置する人気マンガがガンガン稼いでくれるからだ。逆を言うと人気マンガの稼ぎが止まってしまえば、それはそのマンガ雑誌の休刊問題にもつながってくる。
SLAM DUNKは続編は出ていないが……
かつて大人気だったマンガであれば、とにかく再開さえすれば、以前ほどではないにせよ、売れる目算が立つので、出版社としては何とか作者を説得して、再開してもらいたいと願うものだ。
例えば伝説的な人気を誇った井上雄彦氏の『SLAM DUNK』は続編こそ出ていないが、それこそ連載終了前後から編集者や編集長が入れ代わり立ち代わり著者の元を訪れて続編をお願いしたことが容易に想像できる。これを断り続けたのだから著者はそうとう頑固な人なのだろう。
ドラえもんにビルを建ててもらった小学館
10年以上続いた出版不況と言われる状態の中で、出版業界の唯一と言っていいドル箱的存在が人気マンガだ。
東京都内の神保町にある小学館の立派な本社ビルは2013年に建て替えられるまで、「ドラえもんビル」と呼ばれていた。
小学館は総合出版社なので、一般書から実用書、専門書まで幅広く取り扱う出版社だ。マンガはその多数ある分野のいちジャンルに過ぎないが、結果として収益性でマンガ編集部の売上は群を抜いており、特に小学館の場合、看板商品の「ドラえもん」は単行本やコロコロコミックだけではなく、テレビアニメ化、映画化、舞台化とその活躍の場(収益拡大の販路)をどんどん広げてきた。
人気マンガのベストセラー再現性
一般書や経済関連の書籍編集者だった私が、最もうらやましかったのが、人気マンガの「ベストセラー再現性」である。
一般書でもベストセラーを記録すると、すぐさまシリーズ化する動きはある。たとえばかつて『金持ち父さん貧乏父さん』(ロバート キヨサキ氏)という書籍が大ヒットしたが、その後に、『金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント』や入門編、上級編など柳の下の二匹目のドジョウを狙って次々と続編が刊行された。
これらの続編も売れることはあるが、たいていのケースでは売上の勢いはがくんと落ちてしまう。そして最後にはとうとう続編の声がかからなくなり、静かに人気作品としての寿命を終えることになる。
一方でマンガの場合はこれとは異なる。マンガの人気が出れば出るほど、作品のファンが拡大し、第1巻から遡って読まれる。ファンは単行本の発売日を待ち望むようになり、発行すれば確実に売れるというサイクルが出来上がる。
こうなると出版社にとってはとてもオイシイ状態だ。例えばある人気マンガの単行本の第20巻が100万部のミリオンセラー記録したとしよう。そうすると高い確率で第21巻も100万部が期待できる。一般書でミリオンセラーなんて狙ってできるものではないし、業界全体でも年に1冊か2冊出るかどうかというレベルだ。それほど出すのが難しいのがミリオンセラーなのだ。
『ONE PIECE』の1冊あたりの平均発行部数は415万部
一方で全巻ドットコムに記載された発行部数を元に算出した下記サイトによると『ONE PIECE』(尾田栄一郎)の1冊あたりの平均発行部数は415万部、『ドラゴンボール』(鳥山明)は1冊あたり373万部とバケモノ級の売れ行きだ。
この数字は必ずしも正確とは限らないが、大きく外れてもいないだろう。人気マンガほどベストセラーを高確率で繰り返し再現できる出版社のドル箱的存在はないのだ。
出版社からするとこれほど計算できるドル箱商品はないので、何とか1冊でも多く出してほしいと願う。『ドラゴンボール』は一部のファンから、やめどきを間違えてダラダラ続けてしまったなどと批判されてきたが、これは作者のせいではなく、大人の事情によって、出版社が連載を止めさせてくれなかったというのが、正しい見方だろう。「超」がつく人気マンガになれば、アニメ化や映画化はもちろん玩具やお菓子など物販によるライセンス収入も莫大な額になり、連載終了はもはや編集部だけの問題に留まらず、会社全体の「事件」にまで発展する。
出版社の大人の事情で人気マンガは復活する
ただし作者からしたらマンガの止めどきというのは、後々作品の評価にかかわってくる大事なポイントだ。同じ作品に固執せず、次の作品を模索することはマンガ作家としての引き出しを増やすことにもつながる。
そのため良いタイミングで、うまく切り上げるべきなのだが、すぐ近くにいる担当者編集者、編集長がそれを必死で食い止めて、やめさせてくれないのだ。
たしかに人気マンガの続編は出版社にとっては貴重な収益源になるが、もしその続編が読者の期待以下のものであれば、それはその作品、作者、そして何よりも読者にとって不幸な結果になってしまうのではないだろうか。