『週刊新潮』10月5日号で、サカイ引越センターの従業員が他の従業員2人に対し、殴る蹴るなどの暴行を働いた記事が掲載されると、ネットでもその暴行動画が拡散され、世間に衝撃を与えている。
これまでもテレビ東京の「ガイアの夜明け」がアリさんマークの引越社のブラックな労働環境を報道し、反響を呼ぶなど、引越業界の闇の部分が最近フォーカスされている。
ただこれは、引越バイトの世界ではすでに常識というか、似たような経験を多くの人がしている。
私も中学3年生の卒業直後の春に、友人と引越バイトのデビューしたことを皮切りに、大学4年生までの7年間で、とびとびの期間ではあるものの、計4社の引越業者でバイトを経験してきた。
私自身の経験でも、かなりブラックな環境だったことは間違いなく、社員同士のいじめもあれば、社員からバイトへの暴行やパワハラ、バイトの古株がバイトの新人へ怒鳴りつける様子を、間近で見てきた。
しかしパワハラの一番のターゲットになったのは、派遣会社から短期間の限定で送り込まれてきた派遣スタッフだった。
派遣スタッフは、引越業界においてカースト最底辺に位置づけられており、引越会社の社員から、1秒たりともその労働力をムダにしないよう、こき使われる運命にある。
派遣の場合、そもそも1日から数日という短期契約のため、自分の人間性を引越会社の社員に理解してもらうという時間もなく、コミュニケーションを重ねることで立場の上昇や逆転を図れるといったチャンスは皆無だ。
それがわかっているので、引越会社も派遣スタッフもお互いにその場限りの人間関係になる。すわなち引越会社は家畜のように派遣スタッフを扱い、派遣スタッフは「今日1日を乗り切ればいいや」と割り切って仕事に従事するのだ。
引越の現場ではパワハラが絶えない
引越で一番きつい仕事が、書籍が梱包された重い段ボールを2個~3個同時にもたされ、エレベーターのないマンションの5Fから地上に駐車したトラックの荷台まで運ぶというポジションだ。
このポジションはなせか主に派遣スタッフの担当になり、もし段ボールを途中で落としたりすると、すぐさま怒鳴りつけられることになる。
夏場の猛暑ではこうした重労働は、さらに辛い作業となり、現場はさながら地獄と化す。
一方、社員はクーラーのきいた室内で、荷物を梱包し、玄関まで運ぶ。もしくはトラックの荷台に閉じこもり、運ばれてきた段ボールや家具を積み上げていくのが主な仕事だ。
部屋とトラック間を何度も何度も往復して、家中の荷物を運ぶのは大変な作業だ。私は運動部出身で体力には自信があったが、最初は慣れない重労働に1日が終わるころには心身ともに疲れ果ててしまった。
しかもただの重労働ならまだしも、さらに状況を過酷にさせたのが、引越社員のパワハラだ。私自身は殴る蹴るの暴行こそ受けたことはなかったが、常に緊張を強いられた過酷な作業現場だった。
事件は“荷台”で起きている
引越会社からトラックで、現場に向かう際には、「この前、生意気な派遣(スタッフ)がいたから、荷台に上らせてしばいてやったよ」と自慢げに社員が話すのをよく聞いたものだ。
冒頭の『週刊新潮』の報道では、暴行は屋外で行われて、動画も撮影されていたが、トラックの荷台という密室で暴行が行われれば、他人に目撃されることはない。
またそうした暴行事件を我々派遣スタッフに話すのは、引越社員による一種の脅しでもある。
暗に「お前たちも気をつけろよ。今日の仕事でなめた態度をとると同じような目にあわせるからな」と威嚇しているのだ。
派遣スタッフから固定バイトへ転身
こういうブラックな世界では、お互いの立場が逆転することは決してない。それでも引越バイトは日給としては1日1万円前後のまとまった報酬が得られるし、派遣であれば面誰でも雇ってもらえるので、働く人間はいる。
私は大学1年生のときには派遣スタッフとして引越バイトをしていたが、派遣よりもバイトの方がまだ扱いが良いことを知って、友人とともに別の引越会社のバイトとして登録をした。
その引越会社は西武グループの企業で、社内の雰囲気も悪くなかった。固定バイトで、毎日のように社員と働くことで、お互いに人柄も理解しあえるし、きちんと人間的な扱いをしてもらえて、働きやすい職場であった。
私はこの経験によって、劣悪な職場環境をその場でもがいて変えようとするよりも、自分が動いた方がよっぽど状況が楽になることを覚えた。
しかしそのこと以上に学んだこともある。それがその固定バイトを始めて半年ほど経った時に起こった「ある出来事」によるものだ。
こうして負の連鎖が生まれる
その出来事とは、一緒にバイトしていた友人が豹変し、派遣スタッフを怒鳴りつけるなどのパワハラを行ったことだった。
ことの経緯を説明すると、その引越業者では、通常は社員と固定バイトだけで作業していたが、入社して半年経ったころに春休みの引越シーズンが到来すると、仕事の量が急増し、さすがに人手不足に陥ってしまった。
そこで派遣会社を通じて、派遣スタッフの力を借りることになったのだ。つまり以前派遣スタッフとして働いてた私と友人は、立場が変わり、初めて固定バイトとして、派遣スタッフを迎えることになったのだ。
そしてその派遣スタッフはたしかに経験も浅く、要領を得ないばかりか、てきぱきと働くような印象ではなかった。しかし同時にさぼっているというほどでもなく、及第点の仕事はしていたと思う。
しかし人間は立場によって行動が変わるものだ。友人は古株の引越バイト然として、その派遣スタッフをこき使い、「段ボールは1個だけで持っていくな。必ず3個一緒に持っていけ」とか、「階段は走れ。ダラダラやるな」などこれまで散々自分が言われて嫌な思いをしていたきつい言葉を次々と投げつけ始めたのだ。
私はこの様子を見て、虐待を受けた子供が、親になった時に虐待するという話を思い出していた。
ブラックな労働環境を断ち切る方法
友人は基本的に「いいヤツ」で普段から他者に対してどちらかというと丁寧に対応していた。後輩や彼女にも優しく接していたように思う。
しかし、ふだんは善人よりの人間でも、周囲や自分の経験に影響を受けてパワハラを行ったりすることもあるのだろう。
引越業界のブラックな労働環境は個人の資質や責任という問題ではなく、時間をかけて業界に浸透した空気のようなものが影響しており、これが受け継がれていっている。だから1社だけでなく、業界全体で同じような事件やトラブルが生じている。
これには業界全体で対応や改善が必要だ。例えば各社の労働組合が横のつながりで情報交換や団体交渉を行うなどして取り組まないと、なかなか改善されないだろう。