メンタル・アカウンティング(心の会計)という言葉を知っているだろうか。
英語では Mental Accounting と書くが、これは行動経済学の世界で用いられる用語で、「心の会計」と呼ばれている。
人間の心理状態によって、同じお金でも見え方が変わってしまう場面で用いられる。
例えば、300万円のファミリーカーを購入することになったとしよう。
ディーラーから見積りの最終段階で、「ノーマルよりも汚れに強い特製フロアマット」を勧められた。金額はノーマルよりもプラス1万円高い。これから乗り始める新車をきれいに使いたいという気持ちは強い。
このような選択を迫られた時、あなたならどうするか。
「1万円ぐらいならいいか」とオプション料金を支払う人も少なくないだろう。
こういった支出は程度の差こそあれ、誰もが経験したことがあるはずだ。
300万円の車を購入する際には、1万円程度のオプションなどあまり気にならないものである。
メンタル・アカウンティングとは
一方で、スーパーやデパ地下での日々の買い物では、100円、いや10円単位でシビアに食材を見比べてしまう。
肉料理ならば鶏肉、豚肉ですませて、数百円ばかり高価になる牛肉はなるべく買わない、という人もいるだろう。
デパ地下の精肉コーナーに展示されているA5ランクのブランド牛は、100グラム2,500円前後の価格だ。これを家族のすき焼き用に400グラム購入すると1万円になる。
1万円のフロアマットよりも、1万円のすき焼きの方が家族みんなが喜ぶはずだ。しかしこのような高価な牛肉はお祝いごとがあったとしてもなかなか手を出せない。
同じ1万円でも300万円の車を購入する際のオプションとしてはささいな金額に感じるが、鶏肉や豚肉で済ましている普段の食事としてのブランド牛はとても贅沢に感じてしまう。これがメンタル・アカウンティング(心の会計)の罠だ。
1万円は1万円。どこまでいっても同じ1万円のはずだ。お金は本来入手経路や使用用途によって、その価値が変わるものではない。
しかし実際には人のお金の使い方というものは必ずしも合理的なものではなく、このメンタル・アカウンティング(心の会計)の罠に陥ってしまう投資家が実に多い。
株式投資や投資信託選びで、注意する点を本日はお伝えしたい。
キャピタルゲインとインカムゲインを分けて考えてはいけない
株式投資で危険な行為の1つが、キャピタルゲインとインカムゲインを切り分けて考えてしまうことだ。
キャピタルゲインとは、株価そのものの値上がりによって得られる収入のことだ。
一方でインカム・ゲインとは、株式からの配当のこと。株主優待もこのインカム・ゲインに含まれる。
投資リテラシーの低い人は、このキャピタルゲインとインカムゲインを別々に考えてしまいがちだ。
たとえば配当が高い銘柄や、贅沢な優待品をサービスする銘柄は株主に人気だ。もちろん配当も優待もないよりはあった方が良いが、肝心の株価が下落してしまえば、結局赤字になってしまう。
100万円で購入した銘柄の配当が4%あったとしよう。毎年4万円が配当して得られるので、とても魅力的だ。
しかし購入してから1年後に株価が80万円に下がってしまえば、4万円の儲けも吹き飛び、16万円のマイナスをくらってしまう。
業績が悪い企業は、株価も下がるし、利益が出ていなければ、そのうち配当も縮小されてしまうだろう。
配当が高いのはもちろんプラス要素ではあるが、株の購入にあたっては、キャピタルゲインである将来の株価の変動と、インカムゲインの配当をひっくるめたうえで、「買いかどうか」を検討しなければならない。
かつて人気絶頂だった「グロソブ」
メンタル・アカウンティング(Mental Accounting)の罠に陥りやすいケースして有名なのが、投資信託の選び方だ。
過去にこの罠に、多くの投資初心者や年配投資家が嵌ってしまった。
投資に詳しい人なら「グロソブ」という愛称で覚えていると思うが、2013年まで10年以上も純資産残高トップに君臨した「グローバル・ソブリン・オープン(毎月決算型)」という人気ファンドがあった(今でもあるが)
「毎月決算型」とは、収益の決算を1か月ごとに行い、その都度分配金(配当金)を出す投資信託のことだ。基準価額に対して毎月50円でも、100円でもお小遣いのように分配金が出るのだから嬉しい。
年配投資家は証券会社にこのファンドを勧められ、退職金で購入し、分配金を年金生活の足しとして利用していた。
2000年当時に、1000万円をグロソブに投入していた投資家は毎月8万円強の分配金が口座に振り込まれた。銀行の低金利と比べたら、魅力的に映っただろう。
毎月分配金はとうとう10円に
しかし本来、投資信託のパフォーマンスを最大限に考えるのであれば、分配金としてばらまくのではなく、複利効果を狙ってその分を再投資した方が良い。また肝心のファンドの基準価格が上がっていかないと、キャピタルゲインは得られない。
事実、運用環境が悪化し、基準価格は大きく下がってしまった。当時に毎月分配金も徐々に引き下げられ、ここ数年はとうとう10円になってしまっている。
結局ファンドを見限って、資金を引き揚げる投資家が相次ぎ、投資ファンドの人気ランキングからも外れてしまった。
目先のインカムゲインに気を取られてしまい、投資全体としての収支の最大化を見誤ってしまうと、そのツケを払わされるのは自分自身なのだ。
年齢別におススメの投資商品などない
「グロソブ」がもてはやされていた2000年当時、多くの株式評論家も定年後からの投資として、このファンドを勧めていた。
しかし突き詰めて考えていくと、年齢別におススメの投資信託など存在しない。稼ぎたいのはどの投資家だって同じだし、負けて後がなくなるのは、若い投資家も同じだ。
年齢が若いからといって、「またゼロからやり直せるから、リスクの高い商品に勝負しな」と高リスクファンドを勧めるバカな専門家はさすがにいないだろう。
そもそも月々の分配金を年金に補充するという考えも危険だ。年金生活に必要額が足らなければ、分配金の変動リスクがある投資信託よりも、計画的に貯金を取り崩すなり、仕事をして稼ぐなり、別の方法を選択すべきだ。
投資は知らないと損する世界
こうした指摘をする専門家も当時はいたものの、グロソブは10年以上も純資産残高トップを保持し、多くの投資家から高い信託報酬を受け続けることに成功した。しかも高齢者はネット証券ではなく、手数料の高い証券会社や銀行で口座を利用していたので、運用会社、金融機関の両方から搾取されてしまった。
投資信託に注意を促す下記のような書籍を読んでいれば、投資信託はネット証券の手数料無料かつ信託報酬が低い商品が候補にあがってくるはずなのだが、残念である。