昨日の下記エントリーに対して多くのコメントをいただいた。
私が伝えたかったのは、「電子書籍はそのイメージと比べてコストがかかる上に、市場規模がまだ小さい。そのため紙の書籍よりもコストの回収が難しく、価格を安くできない」ということだ。
これに対して、「コストをおさえる工夫をしろ。もっと頑張れ」という意味合いのコメントもあったが、その通りだと思う。
出版業界も既存のビジネスモデルから脱却する時期に来ていることは認識している。
一方で、誤解してほしくないこともいくつかあった。
その1つが「Amazonキンドルは紙よりも安いじゃないか。だからお前たちもできるだろ!」という趣旨のコメントだ。
そして、以下のような率直な質問もあったので、今日はなぜAmazonキンドルが安売りできるのかを説明をしたい。
読者「電子書籍なのになんで安くないんだ!」→出版社「いや電子の方が原価が高いし……」 - コツログ
Amazon Kindleは安いのあるけどアレはどういう仕組なの?
2017/07/07 08:43
再販制度には賛否両論あるが……
まずリアル書店で販売される紙の書籍の値段は、基本的に値下げはされない。
家電や食品であれば、商品発売から時間が経過するに比例して、徐々にディスカウントされていくが、書籍は10年前に発売された商品でも、定価のまま販売されている。
これは再販制度により、価格が一定のまま保たれているからだ。
再販制度については日本書籍出版協会のサイトで以下のように説明されている。
著作物の再販制度(再販売価格維持制度)とは、出版社が書籍・雑誌の定価を決定し、小売書店等で定価販売ができる制度です。
この文章を意訳すると、「出版社側が価格を決定する権利を持っているので、リアル書店さんは独自の判断で割引販売をすることはできません」ということだ。
これはなぜか。その理由についても同サイトで説明がなされている。
出版物再販制度は全国の読者に多種多様な出版物を同一価格で提供していくために不可欠なものであり、また文字・活字文化の振興上、書籍・雑誌は基本的な文化資産であり、自国の文化水準を維持するために、重要な役割を果たしています。
つまり、書籍・雑誌は基本的な文化資産であることから、制度で守ってあげる必要があるということだ。
想像してみると分かりやすい。
もし市場の原理で、不人気商品が安い価格で叩き売りをされたら、どの出版社もマンガしか売らなくなるだろう。
そして少数需要だが一定のコアな読者を抱える理工系や法律系の書籍はそもそも書店の店頭に置かれなくなり、これらの分野を強みとする出版社は早晩潰れてしまうだろう。
それでもかまわないという人もいるかもしれない。だが、同時に理工系の学生や学者、法曹界の人たちは書籍がなくなったら困ってしまうだろう。
そして文化資本が貧困になったツケは、時間をかけて、我々国民に跳ね返ってくる。
再販制度は電子書籍には該当しない
この再販制度の維持に対しては、一定の理解がある一方で、痛烈な批判も受けている。
その中心的なものが「出版社や書店は再販制度に甘えている。努力を忘れたことが昨今の出版不況を招いているのだ」という意見だ。
これもまた事実だと思う。
出版業界が再販制度に支えられてきた側面は確かにあるし、意識的ではないにせよ、この制度に甘えてきた出版社や書店も存在するだろう。
ただし、再販制度を憎き敵として批判を続ける人々にとって、朗報となっているのが、この再販制度が電子書籍には該当しないという事実だ。
再販制度はあくまで紙媒体に対するもので、同じ内容の電子書籍については、出版社の承諾なしに、電子書店側の判断でディスカウントが可能なのだ。
そしてAmazonは「勝機ここに見つけたり!」とばかりにキンドルで電子書籍コンテンツの安売りに励んでいるのだ。
Amazonキンドル 安売りのからくり
しかし抵抗勢力である出版社も電子媒体に対して無力というわけではない。
そもそもAmazonに電子商品を提供するかどうかは、Amazonと出版社の両者の契約により決まるので、さすがに最初から叩き売りされるとわかっていながら、電子コンテンツをホイホイと提供する間抜けな出版社はいない。
ここでAmazonのやり方は外資らしく狡猾かつ巧妙だ。
まず出版社に対してはどんな電子書籍も売上冊数に対して、紙の書籍と同様のロイヤリティを支払うと提案する。そして同時に販売価格の決定権がAmazonにあることを確認しておく。
1000円の紙の書籍の場合は、Amazonの手数料350円を差し引いた650円が1冊売れるごとにロイヤリティとして支払われる。
これを再販制度の範囲外でもある電子書籍にも適用するのだ。
(※実際にはAmazonは出版社とそれぞれ条件の異なる契約を結ぶので想像も入ることをお許しいただきたい)
出版社側はこれを聞いてほっと安心する。「よし、これで電子書籍の売上も確保される」と。
ところがAmazonは、出版社には紙と同様のロイヤリティを提供しつつ、読者に対して電子書籍の安売りを始めた。Amazonは販売価格を自由に設定できるからだ。出版社へはロイヤリティをきちんと支払っている。何の問題もないというわけだ。
読者に安く販売し、その一方で出版社へのロイヤリティを保つと、Amazonはまったく儲からない。
が、それでも問題はない。株式の時価総額がトヨタ自動車の3倍を誇る小売りの巨人は目先の利益など求めていないからだ。
まずは読者を囲い込み、他の電子書店を弱体化させ、圧倒的なシェアを持ってから、将来的に出版社へロイヤリティを下げる交渉を始めれば良いのだ。
もちろんその頃には力関係は、Amazonの方がずっと優位になっているだろう。
正当な報酬が出版社や作家に行きわたらなくなったら……
今まで赤字になるような価格を戦略的に設定する企業なんていなかったのが盲点だったのかもしれない。
このやり方は海外でも出版社や作家から強く批判されている。
米国では紙媒体に再販価格制度がないが、上記の販売手法をAmazonが進めたことで、大手出版のマクミラン社と激しく衝突している。その結果、2010年1月末、米Amazonでは何の予告もなしに、マクミラン社の商品が購入できなくなった。
だが一方で読者と紙が売れていない瀕死の出版社には受け入れられているのもまた事実だ。
もしかしたらあなたは、Amazonが正しくて出版社は抵抗勢力にしか見えないかもしれない。
シンプルで合理的なAmazonのやり方は理解しやすいし、何よりも安く本を読めるのが嬉しいからだ。
だが、コンテンツが安くなって喜ぶと同時に、正当な報酬が出版社や作家に行きわたらなくなった後、何が起こるかについても想像してみてほしい。